未来塾通信61



東大は出たけれど− その2


■前回は、総理補佐官の礒崎陽輔氏(大分舞鶴高校出身・東大卒)と10代の女性との論争を取り上げました。その中で礒崎氏の使った「例え話」によるすり替えを鋭く指摘した10代の女性に軍配を上げました。そして「例え話」=比喩の使い方の中にこそ、論理的な思考力が現れるのだと指摘しました。比喩を適切に使うトレーニングは、論理的思考力ひいては本物の国語力をつけるのに間違いなく役立ちます。
 

 なぜか。比喩はあるものを別のものにたとえます。つまり、二つの命題なり事柄の間に、重要な点で共通性がなければなりません。それがなければ比喩は説得力を失います。比喩を使う人の知性に疑問符がつくのです。そして何が重要であるかは、何を国民に説得し納得させようとするかという「目的」によります。集団的自衛権の行使容認によって生じるリスクを近隣の火事にたとえることでリスクを過小評価しようとする目論見が、議論の相手に見抜かれてしまったのです。同時に礒崎氏は基礎的な国語力がないことをさらけ出してしまいました。
 

ところが、礒崎氏の上を行く貧弱な国語力の持ち主が現れました。横畠裕介内閣法制局長官です。6月19日、安全保障関連法案を審議する衆院特別委員会で、国際法上の集団的自衛権と、安倍内閣が主張する「限定的」な集団的自衛権の違いを「フグ」に例え、「毒があるから全部食べたらそれはあたるが、肝を外せば食べられる」と答弁したのです。

厳密な法解釈をおこなう立場の法制局長官がこうした「たとえ話」を持ち出すのは異例だと批判されています。法制局長官経験者の一人は「法律論は政策論とは違う。例えを出すのは正確性を欠くことが多く誤解されるおそれもある。条文を離れ、『例え』でやることは好ましくない」と話しています。全くもって基礎的・常識的な反応だと思います。「戦後最も重い法案で信じがたいほど軽い答弁だ。国民注視の法案はフグか。」と発言している人もいます。

 

しかし、横畠内閣法制局長官の例えのどこが決定的な誤りなのか指摘している関係者やマスコミ人はいるのでしょうか。「フグに例えるなどけしからん」と言っているだけで済むのでしょうか。

 

礒崎氏の「例え」よりも、横畠内閣法制局長官の「フグ」の「例え」が決定的にまずいのはどうしてでしょうか。私の考えを端的に書いておきます。憲法や法律は人間の精神の所産であるのに対して、「フグ」は生き物であり、何かの所産ではありません。自然の産物です。つまり、比喩が有効となる条件である、「二つの命題なり事柄の間に、重要な点で共通性があること」を満たしていません。横畠内閣法制局長官は、法が人間の精神の所産であることを無視した比喩を用いたのです。礒崎氏も横畠氏も東大で一体何を学んでいたのでしょうか。