大学時代の友人H氏は一流商社のI忠商事を脱サラして都内の予備校で教え、その後ビルの一室を借りて数人で塾を経営していました。抜群の合格実績で、保護者の信頼も厚かったそうです。数年前、埼玉県に引越し、現在はのどかな田園風景の広がる田舎で塾をしています。


その彼いわく、「都内で教えていたときは、テナント料が頭から離れず、生徒の頭数をそろえることで必死だった。狭い教室に生徒を閉じ込め、合格させるために生徒を叱り飛ばしたり、なだめすかしたりしながら、内心、俺はなんて不毛なことをしているんだろうと思ったよ。ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる時間貯蓄銀行の灰色の男達を演じていたわけさ。


当の教師が言うのもおかしいけど、俺のこどもは絶対あんな環境で勉強させたくないと思ったね。失うものがあまりにも多すぎるよ。


それからいてもたってもいられなくなって、女房を説得して貯金をはたいて埼玉の田舎に引っ越したというわけさ。時々テレビで山村の小学校や中学校が出るだろう。先生が二人で、生徒が十人くらいの複式学級で教える学校。あれがまともな教育だよな。俺達の社会は、どこで間違ってしまったのだろう」。


私いわく、「今の世の中の本質をある程度わかっておくことは必要だけど、社会全体を相手にする必要はないだろう。今時の親とか教師、こどもたちをひとくくりにして論じてもしょうがないよ。ひどい親もいるけど、そうでない親もいる。教師もこどもたちもそうさ。要は、塾の方針を理解してくれて、頼りにしてくれる親やこどもたちに誠実に向き合えばいいんだ。人生は短いんだから、そうでない人間に付き合ってる暇はないよ。とにかく、君が埼玉に引っ越したことはいいことだと思うよ。君もやっと人間らしい生活を始めたということだからね。こどもたちは意識していないけれど、学ぶ環境はやはり重要だと思う。体を大事にしてがんばってくれよ」


早稲田大学の建築に進んだH君。自習室、講義室、フリースペースのあちこちにたたずんでは、一日の時間帯によって変化する空間を楽しんでいました。勉強に疲れると、私の書斎から建築雑誌を引っ張り出してはページをめくり、将来の夢を聞かせてくれました。


小学生のF君。塾が始まる1時間も前からやってきて、本を読んだり黒板に絵を書いたり、卓球をして遊んでいました。

今は医師になっているN君の感想。「自習室で勉強していて目を上げると、先生が外壁にペンキを塗っていたり、材木を切ったり木を植えていたり、草刈機の音で勉強のじゃまをされたり、とにかく楽しい場所でした」。


時代の関数であるこどもたちは、いろいろな悩みや希望を抱えて塾にやってきます。そのとき、ほっと一息つけて、本来の自分を取り戻せる、静かで落ち着きのあるサンクチュアリを提供したいと考えています。ヨーロッパの大学都市の美しさや歴史を多少なりとも知っている者からすれば、環境が与える影響は大きいと思います。青春のかけがえのない一時期を過ごす場所です。車のコマーシャルではありませんが、「物より思い出」です。


sanctuary: an area for birds or animals where they are protected and cannot be hunted.

塾入口

グレーと白の看板が目印。正面の黒い建物は自宅。右の奥が塾棟。

塾全景

自宅の玄関アプローチから見た塾の外観。

フリースペース

自然光がたっぷり入るゆとりの空間。左右が自習室。現在はリフォームしてこの空間がコンパクトな講義室となっている。

自習室

入り口より見た右側の自習室。眼前には目に優しい緑が広がる。左側の自習室は前庭に面している。

自習室

ある日の自習室風景。楽しい昼食のひととき。

講義室

集中して納得のいくまで学べる静かな教室。

講義室

講義室から南庭を望む。左右に40mの幅で視野が広がる。