未来塾通信50


Ecce Homo ! この人を見よ−1(2014:5:18)

■現代社会は大まかに言って、グローバルな競争社会である。濃淡はあるにせよ、人はこのシステムの中で生きざるを得ない。ハイリスク・ハイリターンの激烈な競争社会の中で一刻を争う経済活動に従事することで自らの存在理由を確認している人間もいれば、あまりに非人間的なシステムに怒りを覚え、そこから逸脱する方途を探っている人もいるだろう。大方の人は、この中間にいて、疲労ばかりがたまる日々の生活の中で、わずかな人間的な交流と賃金を手にすることに意味と救いを見出し、やむを得ずこれまでと同じ生き方を続けているのではないか。


私は性向からして、激烈な競争社会の中に身を置くことは苦手だし、その能力もない。データを重視し、MBAを取得し、統計的・確率論的思考で理論武装しながら、その本質的な欠陥に気づかず、世の中の現象をすべてを経済学的発想(様々な新しいモデルを導入しても、つまるところ儲かるかどうか、効率的かどうかを問うだけ)で切り取る経済人、経済評論家のような生き方はできない。


自分に与えられた人生の時間を何によって埋めていくか、と考えたとき、私は等身大で、肩書きを必要としない、自分が責任を負える範囲で生きて行こうと思った。言ってみれば、銀行口座に印字される単なる数字ではなく、千円札や一万円札が手触りとともに直接相手に手渡される世界。相手に喜んでもらおう、笑ってもらおうと考えて一生懸命働いた労働の対価としてのお金が、相手の感謝や笑顔と引き換えに流通する世界。その結果、薄っぺらな財布のまま人生が終わったとしても、多くの人の笑顔を思い出し、後悔しない生き方をしようと決めた。人には生きるににふさわしい世界があるからだ。

だからと言って、私は競争社会を否定するわけではない。むしろ、適度な競争は必要だとさえ思っている。肝心なのは競争の中身と質である。回転をやめれば倒れてしまうコマのように、会社や組織が同業他社との競争に勝つことだけを目的にすれば、そこで働く人は精神を病み労働意欲を無くしていく。

一方、良い製品を作ったり、質の高いサービスを提供することで結果的に競争に勝つこをめざす企業は、たとえ規模は小さくても、自由闊達な議論が交わされ、お互いの意見を尊重する空気が生まれ、労働意欲も刺激されて、付加価値が生まれ、それが企業文化として世間に認知されるようになる。競争それ自体が悪ではない。

今回紹介するのは、常に結果が求められる金融の分野で、自分の仕事が本来何に奉仕すべきか、という原点を見失わず、歴史的洞察力を持ち、来るべき社会の青写真を明確に語ることのできる経営者である。倫理的なバックボーンに貫かれたその経営姿勢は、多くの中小企業の経営者から支持されている。イデオロギー的な正しさ、政治的な正しさ(これは本質的に重要ではない。なぜならこういった正しさは社会の枠組みとともに変化するものであるから)よりも、普通の生活人がごく当たり前に納得できる普遍的な倫理に基礎を置く氏の自由で柔軟な発想は、金融の分野にとどまらず、多くの分野から賛同を得ている。何より、システムの内部で生きながら、高い倫理観と勇気、長いものに巻かれない自立の精神、常に作動している学習回路と見識を持った人間である。若い人にとって格好のモデルになると思う。

その人とは、異色の地域金融機関トップとして知られる城南信用金庫(本店・品川)の理事長、吉原毅氏。原発コストが安いというのは将来負担を無視した国家ぐるみの壮大な粉飾決算だと断じ、新エネルギーの開発が新しい経済の活力を生み出すとの持論を展開している。東京・神奈川を地盤に信金業界2番手の総資産3兆6000億円を持つ同信金は、地銀中位行に匹敵する規模を誇る。

慶応大学経済学部を卒業し、城南信用金庫に入職した二年後には第二次オイルショックが発生。不景気の出口が見えず、それまでのノウハウがまったく通用しない時代であった。当時、企業の目的は利益を上げることと信じて疑わなかった氏は、消費者向けのローン商品を開発・販売する企画書を自信満々で提出する。

ところが、その企画書に目を通した小原鐡五郎会長に、「冗談じゃない」と一喝され、氏の企画書はその場でボツとなる。そして「私たちはいつから銀行になり下がったのですか。銀行は利益を目的とした企業で、私たちは町役場の一角で生まれた、世のため、人のために尽くす社会貢献企業なのです。もともとはイギリスのマンチェスターに起源を持つ、公共的な使命を持った金融機関なのです。そのことを絶対に忘れてはいけませんよ」と諭される。

明治時代の生まれで、すでに80歳を超えていた小原会長が見せたあまりの迫力に、ただただ驚くしかなかった、と述懐している。そして「自分が勤めている会社に対してあまりに不勉強だったことを恥じた私は、信用金庫について徹底的に調べた。目からうろこが落ちる、とはこのことを言うのだろう。ルーツや日本における歴史はもちろんのこと、小原をはじめとする先人たちの戦いの歴史が紐解かれるたびに万感の思いがこみあげてきた。調べれば調べるほど驚かされ、自分の会社と仕事に誇りを持てるようになった。」と述べる。氏の新著『原発ゼロで日本経済は再生する』の中のエピソードである。金融機関のトップでありながら3・11以降、いち早く原発ゼロを宣言した見識と勇気は、やはり偉大な先達によって育まれたのである。

以下は、本年4月18日、氏がロイターのインタビューに応じたものである。You Tubeで氏の動画も見ることができます。


    インタビュー:原発は壮大な国家ぐるみの粉飾決算=吉原・城南信金理事長



 ― 金融機関のトップが、政治的発言をするのが極めてまれだ。

「金融は、政治にかかわるべきではなないという意見がある。それは本来、権力にかかわることで金融が求めるべき理想がねじ曲げられ、利用されてしまう懸念が生じるために生まれた考えだ」
「しかし、金融に限らず企業の目標は、より良い国や社会を構築することだ。すべての企業は、理想の実現のためにある。経営者は、金儲けだけ考えればいいというのはおかしいのではないか」

 ― 国論を二分する1つの側に付くことで、顧客からの不評を買わないか。

「消費者のニーズに応えることが企業、つまり消費者主権という考えは間違えていないか。例えば当社は、投機のためのゴルフ会員権購入のための融資はお断りする。そういう資金使途には貸せない。健全性とは何かを考え、顧客にも説明していく。それが金融マンの役割だ」
「福島第1原子力発電所の事故で分かったことは、将来の世代に責任を持てないエネルギーということだ。もはや原発は反社会的存在だ。原発を造る金を貸せと言われたら、お断りする」

 ― 電力債は、金融機関の運用手段としても重要だ。

「東電の株式と社債は、事故後に売却した。金融機関は公共的な存在だ。東電の株式や社債に投資をするわけにはいかない」

 ― 経済界の中には、コストの安い原発を稼働しないと、日本経済が立ち行かないという意見が多い。

「原発のコストの方が低いという人で、いやしくもビジネスマンや経済に携わる者ならば、会計の原則ぐらい勉強していただきたい。コスト計算には、直接原価と間接原価があり、そこで総合原価計算が行われる。原発は、今あるウランを使うだけならば直接原価は低い」

「では、その結果の間接原価はどうなのか。将来の廃炉費用や、使用済み核燃料の保管料や処理費用、工事費や人件費、地代がカウントされているのか。カウントされていない。われわれは今、時価会計で、将来に発生するキャッシュフローをすべて現在価値化し、負債計上している。原発にはそれが入っていない」
「1回事故が発生したら、天文学的なコストがかかる。貸し倒れ引当金の積み立ての考え方を入れれば、とんでもない引き当てを積まなければならない。これは、不採算というのではないか。国家ぐるみの壮大な粉飾決算だ」

 ― 原発の再稼働ができなければ、値上げしなければならない。顧客の中小企業にとっても、それは経営上の困難になるのではないか。

「まず、原発の将来に発生する未計上のコストをちゃんと計上しなければならない。その上で、原発を再稼働させたら、もっと値上げをしなければならない」
「新しい電力産業が勃興してくれば、新産業としてモノづくりの復活にもつながる。例えば、石炭ガス化コンバインド発電やソーラーパネル、さまざまサービスも増える。工事やモノづくりに携わるわれわれの顧客たちにも恩恵がある。原発の再稼働では、新産業は生まれない」

 ― 経常赤字を懸念する指摘もある。

「燃料の輸入によって、貿易収支が悪化し、経常収支が赤字に陥るのは日本経済にとってマイナスだという指摘は、本当に正しいのか。経常収支が赤字でも成長している国はたくさんある。日本は、黒字を溜め込み、結果的に円高になり、デフレから抜け出せなかった。輸出入のインバランスは、為替で調整される」

 ― 大手銀行は、福島第1原発の事故後に、東電に対して巨額融資を行った。どのように評価する。

「第2の住専問題だという気がする。当時も、政府が保証するからとみんなが貸して、最後は損失となった。1980年代のバブル時も金融機関は公共性という考えを放棄し、その後、大きなツケを払わさられることになった。金融機関は、引き返す勇気を持つ必要があると思う」

 ― 大手行は公共性を考えて貸しているのではないか。

「それは、公共性を勘違いしている。東京電力を生かすことが公共性ではない。安全でコストの安い電力サービスを継続的に安定的に保証することが公共性なのではないか。もっと見識を持たなければならない」

                                  (インタビュアー:布施太郎 浦中大我)